最後の夏。残された時間が僕らにはあるから・・・


by ponpon-orange
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〔12/24〕 両手いっぱいの器

「私ってこんなことやってきた!」
「自分、こんなにたくさんの経験をして、刺激的な日々だった!」
うんぬん・・・。

…突然ですが。
なんか他人にこんなことを語るのって、やっぱ微妙ですよね。
語ってる自分は意気揚々とするんだろうけども、他人からすれば「だから何?」。
すごいね、すごいねってそんなに褒められたいのか、と。

でも、自己PRってそんなもんですよね、聞き心地のいいストーリー並べて達成感得られるようなエピソード語って。とても頭のキレる、私が尊敬している、ある先輩が昔書いていたコラムをふと思い出す。そういう本音というか、心の底で、どこか拒絶感を抱くものに対して、素直に想いをこぼすひとって自然だし素敵だと思う。単にネガティブ思考だとかいう問題ではなく。

あ、そんなこと言っても、私も何かに達成感を得たときは、たぶん他人に対してそういうことを考えずに表現していたなぁと思う。周りからすれば、「自分に酔ってるだろお前」的な嫌悪感すら抱くと思う。私が抱くのと同じように。

こういう、他人の言動に程度に差はあるにしろ拒絶感を抱くのはなぜだろう、と考える。
これはやはり、日本人独特の感性なのか?良いことをしてもあえて自分からアピールしない「陰徳」のように。日本でそういう風土があるからこそ、これまで企業も社会貢献活動とか積極的に開示しなかった面も考えられるわけで。私はこの島国を出たことがないから分からないけど、アメリカ人なら反対だとよく言われるように、たぶん自己顕示をしても、誰もがオープンな感覚であれば受け入れる器も大きいのではないか、と思う。

…だんだん話が大きく広がってきてしまった(汗)私が特に常々思うのは、文字によって日記なり考えなり表現することって、自己顕示欲が強い人が多いのではないかということ。「人の振りみて我が振りなおせ」とはよくいったものだ。何のためにそういった活動をするのか、と問えば、きっといい答えが返ってくる。私も正統らしい答えを用意できる。でも、きっと読み手からすれば色んな意見を持つと思うし、結局自己満足のような気がする。自分のためにあるものなら人に見せなければいい。人に見せることで何を得たい?―――表向きのいい答えの裏側に、都合のいい自分勝手な答えがあると思えて仕方がない。

じゃあそんなこと言う自分こそ、何でブログ書いてんだ?それを問う時、私自身ブログ(なりホームページなり)の意味を考えてみる。そして、色々痛い部分も多く、問い直してみる。これを書くとものすごい量になりそうなので、後日に割愛するが、多かれ少なかれ、万人に受け入れられるような文章なり作品なり存在することは難しいということ。どんな感想を抱くかは、ほんと人それぞれで、そのひとつひとつをどこまで把握するか、気を配るか、独りよがりになっていないか。他人の声を拾う心、適度な配慮。

こんなこと言い出したら、何を書いていいのか分からなくなる。ブログに限らず文章なり何かを通して他人に向けて表現することの意味に、ちょっと思いをめぐらせてみた夜。


弱い部分も、辛い部分も他人に見せられるような人が好きだ。
人間だもの、色んなこと抱えてる。
「ものは言いよう、考えよう」
私も、基本はこの精神で何でもうまく要領よく片付けるけど、どこかで矛盾する、違和感感じるココロにも目を向けて、ブログくらいは多少ネガティブでも、本音を綴りたい。ある友人が書いていたが、“知り合いが読んでいると内容や表現に制限が加わるというデメリットは否めない”―――そこはまぁすでに何度も私も痛感済みであり、今日も、そしてこれからも、その制限に多少戦っていくことになりそうだけども、それでもブログを続けるかどうか、意味を問い続けながら考えていきたい。
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by ponpon-orange | 2004-12-24 02:09 | 今日の出来事